2010年08月28日

寝不足に注意!運動・スポーツにおける急性・慢性睡眠不足の影響

残暑お見舞い申し上げます。みなさん、いかがお過ごしですか?FIfSS客員研究員・聖マリアンナ医大の木田圭亮です。連夜の熱帯夜で寝不足の方も多いのではないでしょうか?今回は、そんな寝不足と運動・スポーツについてまとめてみました。私は朝から晩まで病院にいるので、そこまで夏の暑さを感じませんし、運動も全くできていません。不健康な生活ですね。

急性心筋梗塞や狭心症、脳梗塞などの動脈硬化性疾患の危険性を高める複合型リスク症候群を「メタボリックシンドローム」という概念のもとに、日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準が2005年4月に公表されました。偏食や過食などの不適切な食生活、運動不足や睡眠不足、ストレス、タバコや酒の飲み過ぎなどの生活習慣が、さまざまな疾病の原因になりうるわけで、これらの改善には運動療法、食事療法、禁煙指導が重要です。特に運動療法には心肺機能や骨格筋を強化するほか、肥満を改善し、血糖や血圧を下げ、またHDLコレステロールを増やす効果が知られています。しかし、発熱、睡眠不足、二日酔いなど体調不良の場合に運動することはむしろ危険で、運動療法の効果が期待できません。そこで、睡眠不足状態での運動能力について、睡眠不足状態を短期間のもの(急性睡眠不足)と長期間のもの(慢性睡眠不足)とに分類して、それぞれにおける運動時の影響をこれまでの報告をもとにまとめてみます。また、睡眠時間と生活習慣病の関連や予後についても加えたいと思います。

急性睡眠不足の影響
急性睡眠不足時はコントロール群に比して安静時から心拍数と酸素摂取量(VO2)が、安静時、ウォーミングアップ時、嫌気性代謝閾値(AT)時、最高運動負荷時のいずれも有意な低値を認めるものの、運動時間には差がなかった[1]。また、安静時、80%ATレベル、120%ATレベル強度の運動負荷時心係数、1回拍出係数は、いずれも急性睡眠不足時に有意に低下していた。運動中の酸素輸送能を表す指標である儼O2/儻ork Rateは睡眠不足に有意な低下を示した。以上より急性睡眠不足時には、安静時および運動時の心拍数減少と1回拍出量の低下が関与していた。また、急性睡眠不足時の心拍出量の低下要因として、心拍数減少と1回拍出量の両者が考えられ、心拍数の低下の機序は副交感神経の緊張ではないか。また、最大運動能力は保たれており、これはカテコラミンなどにより非活動筋への血流量を低下させ、活動筋への血流を維持させ最大運動能力を維持しているものと考えられている。急性睡眠不足時の運動は、最大運動能力が保たれているものの、それ以外の指標については低下しており、このような状態でのトレーニング効果は少ないと考えられる。
慢性睡眠不足の影響
慢性睡眠不足の特徴として、AT到達時間及び運動時間が短縮すること。心拍数、儼O2/儻Rについては差がないこと。AT時VO2は低値を示すが、最高運動負荷時VO2は差がなかった[2]。以上より慢性睡眠不足ではストレスホルモンの反応性が低下し運動耐容能が低下してくると考えられている。また、慢性睡眠不足の運動耐容能の低下は、運動中の動静脈酸素差(AVO2D)の減少により[3]、最大運動能力については、コントロールと比較し低下を認め、カテコラミンがストレスに対して十分作動しなくなっている状態と考えられている。慢性睡眠不足時は運動能力が低下しており、トレーニング効果も少ないだけではなく、注意力の散漫、判断力の低下などを引き起こし、けがの危険性も高まる。このような状態での運動、スポーツは避けたほうが良いと考えられる。
睡眠時間の影響
睡眠時間が5時間以下の中高年者は高血圧のリスクが高いと報告されている[4]。睡眠時間が7〜8時間では高血圧発症率が12%であったのに対し、5時間以下では24%であった。 さらに、睡眠時間が5時間以下の人は運動量が少なく、BMI(body mass index)が高い傾向であった。糖尿病およびうつ病も多くみられ、日中の眠気を訴えることも多い。睡眠時間と寿命について、4時間以下の短時間睡眠と10時間以上の長時間睡眠が極端に高い死亡率を示し、7〜8時間睡眠の死亡率が最低であった[5]。一日の睡眠時間に関しては、大規模調査の結果からも7〜8時間が理想的である。
まとめ
急性睡眠不足には酸素輸送能の低下により斬増負荷中の低運動強度から嫌気性代謝に移行し、低いAT値を示すが、カテコラミンの分泌亢進により活動筋群への血流は維持され最大運動能力は維持される。これに対し、慢性睡眠不足ではカテコラミンの分泌低下、および最大運動能力の低下が特徴的である[6]。

では、みなさまおやすみなさい。今日も寝不足です。

参考文献
[1]長田尚彦、田辺一彦、大宮一人:睡眠不足状態における心肺機能についての検討、日本臨床生理学会雑誌23(6)517−523.1993
[2]村山正博、長田尚彦、田辺一彦、他:慢性疲労時の運動耐容能およびストレスホルモン動態の睡眠不足期間による影響に関する検討、心臓病の基礎的研究 車両競技公益資金記念財団助成研究:19−34.1993
[3]Itoh K,Omiya K, Seki A, et al.Reduced oxygen uptake during exercise in the chronic partial sleep deprived state: An investigation into cardiac output and arteriovenous oxygen difference. Jpn J Clin Physiol 35(3)167−173. 2005
[4]Gangwisch JE, Heymsfield SB, Boden-Albala B, et al. Short Sleep Duration as a Risk Factor for Hypertension: Analyses of the First National Health and Nutrition Examination Survey. Hypertension 47:833−839. 2006
[5]Hammond EC. SOME PRELIMINARY FINDINGS ON PHYSICAL COMPLAINTS FROM A PROSPECTIVE STUDY OF 1,064,004 MEN AND WOMEN. Am J Public Health Nations Health 54:11−23. 1964
[6]長田尚彦:慢性疲労における心肺機能およびストレスホルモンの動態の基礎的研究、日本臨床生理学会雑誌24(3)187−196.1994
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2010年08月27日

FIfSS 2010シンポジウムのお知らせ

FIfSSでは、来月9月18日(土)に「スポーツ・身体パフォーマンスに役立つスポーツ科学の最前線」と題しましてシンポジウムを開催致します。
本年度の日本体力医学会の最終日終了後に学会会場近くの市川グラウンドホテルにて開催致します。
ご興味のある方のご参加をお待ちしております(準備の関係上、事前参加申し込みをお願いしております)。

詳細はこちらをご参照下さい。
http://www.atacknet.co.jp/sc2010.pdf
posted by fifss at 13:34| Comment(0) | インフォメーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運動学習から見た片手・両手運動

客員研究員の関口です.前回は,1月22日でした.
今回,予告させていただいた通り,運動学習に関して少々ブログりたいと思います.
2006年のNature Neuroscienceに,現在,東京大学准教授の野崎大地先生が報告した論文※があります.これを簡単にご紹介したいと思います.

従来の両手運動の機序
従来,両手運動というと,右手・左手の運動を司る脳部位(左右のM1)が別々にあって,さらにそれらを統括する高次の運動野によって時空間的協調が図られ,遂行されると考えられていました.しかしながら,野崎らの実験では,実はそうではないという結果が得られたわけです.

野崎らの実験
野崎らの実験の一部を簡単に説明しますと,両腕をロボットアームのような装置(以下,ロボットアームとする)にそれぞれ固定し,胸元から10cm前のターゲットに腕を伸ばす,いわゆるリーチング運動を行います.

まず,左手だけでリーチング運動を行うとき,自分の腕の動作速度に依存した力でロボットアームが内側(つまり,右の方)へ動こうとします(外乱).そうすると自分はまっすぐ腕を伸ばしたいのに,ロボットアームに固定されているため,引っ張られて軌道が内側に曲がってしまいます.

これを何回も繰り返すと,自然にまっすぐリーチング運動が出来るようになります.すなわち,ロボットアームに引っ張られる分,予測して外側(つまり,左の方)へ力を発揮し,軌道がまっすぐになるようにしたということです.ここで,どれだけ外側に力を発揮すればよいかということが自ずと学習されたわけです.

学習が十分なされた後,ロボットアームによる外乱をoffにして,両手でそれぞれ胸元から10cm前のターゲットにリーチング運動を行います.すると,当然のように左手は学習した効果(外側への力発揮)が現れ,軌道が外側へ膨らみます.これは,想像しやすいでしょう.これを何度も繰り返すと,新たに外乱がかからない状況で再学習が進み,再度左手のリーチング運動の軌道がまっすぐになります.これも想像できますね.

 醍醐味はここからで,十分両手のリーチング運動を繰り返し,完全に左手の軌道がまっすぐになったところで,単に右手を休ませた状態で,左手だけのリーチング運動を行います.すると,たった今まで,まっすぐだった軌道が,不思議なことにまた外側へ膨らんでしまうのです.もちろん,両手のリーチング運動を行っていたときと同じようにロボットアームの外乱はoffの状態です.

 上記を整理すると,
両手のリーチング運動時の初期に左手の軌道が外側へ膨らんだということは,片手の学習効果が両手運動時にも影響するということを示しており,片手のリーチング運動を司る脳部位と両手のリーチング運動を司る脳部位が一致している可能性を示唆しています.

しかし,両手で何度も練習し,まっすぐリーチングできるようになったにも関わらず,最後の片手リーチング運動時に再び外側へ軌道が膨らんだことから,片手のリーチング運動を司る脳部位と両手のリーチング運動を司る脳部位は完全に同一ではなく,一部重複はするものの異なっていることをパフォーマンス実験は示していることになります.

したがって,従来の考え方とは異なる新たな概念を打ち出したということで,非常に画期的だと思います.

私は,現在,これをリーチング運動ではなく,発揮握力調節課題として,同様な結果が得られることを確認しており,fMRIでこれら,片手・両手運動学習に関与する脳部位がどこなのか,検討しているところです.

 結果が得られれば,またこの場でご紹介?できるかな? 乞うご期待!

※紹介論文
Limited transfer of learning between unimanual and bimanual skills within the same limb
Daichi Nozaki1, Isaac Kurtzer & Stephen H Scott
Nature Neuroscience - 9, 1364 - 1366 (2006)

posted by fifss at 01:24| Comment(0) | 運動と脳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Point:Counterpoint

こんにちは、FIfSS客員研究員・ケンタッキー大学の宮崎充功です。
こちらアメリカでは新しいセメスターが始まり、大学キャンパスもフレッシュマンで溢れ、すっかり新年度といった感じです。

さてスポーツ科学領域の研究者がよく目を通す学術誌の1つに「Journal of Applied Physiology」という雑誌があり、その中に「Point:Counterpoint」という企画があります。
これはあるトピックに関して、専門家同士がそれぞれ「Pro」「Con」の立場に別れ、紙面上で意見を戦わせるというものです。
2010年6月号に掲載されたトピックは、「IGF is/is not the major physiological regulator of muscle mass」、日本語訳をすると、「インスリン様成長因子*は骨格筋量の生理学的規定因子として重要か否か?」といったところでしょうか。

「Pro」「Con」それぞれの意見を簡単にまとめると、以下のような主張です。
(わかりやすくまとめるため、厳密に言うと正しくない部分も含まれてます)

「Pro」
・IGFは胎生段階の筋肉の発生、分化、増殖などmyogenesis全般にとても大事
・成熟した大人の筋肉でも、損傷後の筋肉の再生や筋衛星細胞の活性化などは胎生段階の反応とよく似てるから、IGFは大事
・IGFを筋肉にたくさん与えたり、遺伝子工学的にIGFをたくさん発現するようにすると筋肉はムキムキになるから、IGFは大事

「Con」
・特に大人の成熟した筋肉の場合、IGFがなくても成長・肥大するから、そんなに大事じゃない
・遺伝子工学的に肝臓由来のIGFを取り除いても、筋肉や骨、内臓器を含む個体の成長・発達はほぼ完全にノーマル。
・IGFが“筋肉でのみ”働かないように遺伝子を操作しても、トレーニングすると、遺伝子操作をしてない個体と同じように筋肉がムキムキになる。だからIGFはそんなに大事じゃない

それぞれの意見はいずれも科学的根拠に基づいたものであり、どちらが正しい・間違っているという判断は難しいものがありますね。
おそらくどちらの主張も正しいのでしょう。

またこの「Point:Counterpoint」という企画では、討論をする2つのグループ以外にも複数の専門家がいろいろな角度からコメントを寄せており、非常に参考になります。
ちなみにこのトピックに関しては、私の所属する研究グループも含めて計15グループからの意見が掲載され、8割方が「Con」の意見を支持していたのが印象的です。
私個人の意見としては、「筋肉量を規定する因子はその他にも数え切れないほどあり、IGFはその中の1つでしかない」と考えています。

またここでは、筋肉の成長・肥大に関する細かなメカニズムには触れていません。
もしこのトピックに興味を持たれた方は、「体育の科学、2010年10月号、杏林書院」に「骨格筋肥大の分子制御機構」と題した総説を執筆しておりますので、そちらを参照していただけると嬉しく思います。


*インスリン様成長因子とは?
(以下、Wikipediaより一部抜粋)
インスリン様成長因子(IGFs;Insulin-like growth factors)はインスリンと配列が高度に類似したポリペプチド。細胞培養ではインスリンと同様に有糸分裂誘発などの反応を引き起こす。IGF-2は初期の発生に要求される第一の成長因子であると考えられるのに対し、IGF-1の発現は後の段階で見られる。IGF-1は主に肝臓で成長ホルモン(GH)による刺激の結果分泌される。人体の殆どの細胞、特に筋肉、骨、肝臓、腎臓、神経、皮膚及び肺の細胞はIGF-1の影響を受ける。インスリン様効果に加え、IGF-1は細胞成長(特に神経細胞)と発達そして同様に細胞DNA合成を調節する。

参考文献
J Appl Physiol 108: 1820–1824, 2010
posted by fifss at 01:20| Comment(0) | 可塑性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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