急性心筋梗塞や狭心症、脳梗塞などの動脈硬化性疾患の危険性を高める複合型リスク症候群を「メタボリックシンドローム」という概念のもとに、日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準が2005年4月に公表されました。偏食や過食などの不適切な食生活、運動不足や睡眠不足、ストレス、タバコや酒の飲み過ぎなどの生活習慣が、さまざまな疾病の原因になりうるわけで、これらの改善には運動療法、食事療法、禁煙指導が重要です。特に運動療法には心肺機能や骨格筋を強化するほか、肥満を改善し、血糖や血圧を下げ、またHDLコレステロールを増やす効果が知られています。しかし、発熱、睡眠不足、二日酔いなど体調不良の場合に運動することはむしろ危険で、運動療法の効果が期待できません。そこで、睡眠不足状態での運動能力について、睡眠不足状態を短期間のもの(急性睡眠不足)と長期間のもの(慢性睡眠不足)とに分類して、それぞれにおける運動時の影響をこれまでの報告をもとにまとめてみます。また、睡眠時間と生活習慣病の関連や予後についても加えたいと思います。
急性睡眠不足の影響
急性睡眠不足時はコントロール群に比して安静時から心拍数と酸素摂取量(VO2)が、安静時、ウォーミングアップ時、嫌気性代謝閾値(AT)時、最高運動負荷時のいずれも有意な低値を認めるものの、運動時間には差がなかった[1]。また、安静時、80%ATレベル、120%ATレベル強度の運動負荷時心係数、1回拍出係数は、いずれも急性睡眠不足時に有意に低下していた。運動中の酸素輸送能を表す指標である儼O2/儻ork Rateは睡眠不足に有意な低下を示した。以上より急性睡眠不足時には、安静時および運動時の心拍数減少と1回拍出量の低下が関与していた。また、急性睡眠不足時の心拍出量の低下要因として、心拍数減少と1回拍出量の両者が考えられ、心拍数の低下の機序は副交感神経の緊張ではないか。また、最大運動能力は保たれており、これはカテコラミンなどにより非活動筋への血流量を低下させ、活動筋への血流を維持させ最大運動能力を維持しているものと考えられている。急性睡眠不足時の運動は、最大運動能力が保たれているものの、それ以外の指標については低下しており、このような状態でのトレーニング効果は少ないと考えられる。
慢性睡眠不足の影響
慢性睡眠不足の特徴として、AT到達時間及び運動時間が短縮すること。心拍数、儼O2/儻Rについては差がないこと。AT時VO2は低値を示すが、最高運動負荷時VO2は差がなかった[2]。以上より慢性睡眠不足ではストレスホルモンの反応性が低下し運動耐容能が低下してくると考えられている。また、慢性睡眠不足の運動耐容能の低下は、運動中の動静脈酸素差(AVO2D)の減少により[3]、最大運動能力については、コントロールと比較し低下を認め、カテコラミンがストレスに対して十分作動しなくなっている状態と考えられている。慢性睡眠不足時は運動能力が低下しており、トレーニング効果も少ないだけではなく、注意力の散漫、判断力の低下などを引き起こし、けがの危険性も高まる。このような状態での運動、スポーツは避けたほうが良いと考えられる。
睡眠時間の影響
睡眠時間が5時間以下の中高年者は高血圧のリスクが高いと報告されている[4]。睡眠時間が7〜8時間では高血圧発症率が12%であったのに対し、5時間以下では24%であった。 さらに、睡眠時間が5時間以下の人は運動量が少なく、BMI(body mass index)が高い傾向であった。糖尿病およびうつ病も多くみられ、日中の眠気を訴えることも多い。睡眠時間と寿命について、4時間以下の短時間睡眠と10時間以上の長時間睡眠が極端に高い死亡率を示し、7〜8時間睡眠の死亡率が最低であった[5]。一日の睡眠時間に関しては、大規模調査の結果からも7〜8時間が理想的である。
まとめ
急性睡眠不足には酸素輸送能の低下により斬増負荷中の低運動強度から嫌気性代謝に移行し、低いAT値を示すが、カテコラミンの分泌亢進により活動筋群への血流は維持され最大運動能力は維持される。これに対し、慢性睡眠不足ではカテコラミンの分泌低下、および最大運動能力の低下が特徴的である[6]。
では、みなさまおやすみなさい。今日も寝不足です。
参考文献
[1]長田尚彦、田辺一彦、大宮一人:睡眠不足状態における心肺機能についての検討、日本臨床生理学会雑誌23(6)517−523.1993
[2]村山正博、長田尚彦、田辺一彦、他:慢性疲労時の運動耐容能およびストレスホルモン動態の睡眠不足期間による影響に関する検討、心臓病の基礎的研究 車両競技公益資金記念財団助成研究:19−34.1993
[3]Itoh K,Omiya K, Seki A, et al.Reduced oxygen uptake during exercise in the chronic partial sleep deprived state: An investigation into cardiac output and arteriovenous oxygen difference. Jpn J Clin Physiol 35(3)167−173. 2005
[4]Gangwisch JE, Heymsfield SB, Boden-Albala B, et al. Short Sleep Duration as a Risk Factor for Hypertension: Analyses of the First National Health and Nutrition Examination Survey. Hypertension 47:833−839. 2006
[5]Hammond EC. SOME PRELIMINARY FINDINGS ON PHYSICAL COMPLAINTS FROM A PROSPECTIVE STUDY OF 1,064,004 MEN AND WOMEN. Am J Public Health Nations Health 54:11−23. 1964
[6]長田尚彦:慢性疲労における心肺機能およびストレスホルモンの動態の基礎的研究、日本臨床生理学会雑誌24(3)187−196.1994
ラベル:KEI